名古屋地方裁判所 昭和27年(ワ)694号・昭27年(ワ)1686号 判決
原告 渡辺久爾
被告 運搬合資会社 外二名
一、主 文
被告会社の昭和十五年四月十日附明治二十三年法律第三十二号商法上の合資会社より昭和十三年法律第七十二号商法の一部を改正する法律上の合資会社への組織変更は不成立であることを確認する。
原告が被告会社の有限責任社員であることを確認する。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告等の負担とする。
二、事 実
原告控訴代理人は、主文第一、二項同旨及び被告会社は原告に対し、昭和二十七年十月二十三日なした主文第一項掲記の組織変更による運搬合資会社設立登記、被告会社社員渡辺慎一郎が昭和二十七年六月十二日その責任を無限責任と変更したこと、右渡辺慎一郎が同日被告会社の代表社員に就任したこと、同日被告会社の本店を名古屋市中村区日置通三丁目二十四番地に移転したこと、同日被告会社の目的を倉庫業並びにこれに附帯する一切の業務に変更したこと、及び渡辺慎一郎は同日出資持分の内へ金百二十七万五千円を増加してその出資額を金百三十万円全部履行に変更したことの各登記の抹消登記申請手続をなせ。訴訟費用は被告等の負担とする。との判決を求め、その請求原因として組織変更不成立及び社員権確認を求める部分について次のとおり述べた。
一、控告会社は明治二十七年一月八日、当時施行中の明治二十三年法律第三十二号商法(以下単に旧々商法と略称。)に基き、陸上運搬事業を営むことを主たる目的として設立せられ有限責任社員のみを以て組織せられた合資会社で明治三十二年法律第四十八号(以下単に旧商法と略称。)により旧々商法の廃止せられた後も旧商法施行法第三十八条同第三十九条により依然として旧々商法の適用をうける合資会社として従前どおり有限責任社員のみにより組織された合資会社として存続し、業務担当社員により運営せられていたところ、昭和十一年十一月二十七日有限責任社員たる原告先代渡辺政二(出資額金二万五千五百円)及び政二の弟たる有限責任社員被告渡辺慎一郎(出資額金二万五千円)の両名が右会社の業務担当社員に就任したので、右両名の父でありそれまで唯一の業務担当社員であつた原告先々代渡辺久三郎(出資額金四万五千円)と併せ被告会社は三名の業務担当社員を有することになつた。被告会社の他の一人の有限責任社員たる被告渡辺素矢(出資額金五百円)は右政二、慎一郎の母であつたから、被告会社は結局家族のみにより組織されていた所謂同族会社であつたところ、政二は昭和十四年二月五日、右久三郎の死亡によりこれが家督相続をなしかつ襲名もなし同人の会社持分を相続し合計金七万四千五百円の出資額を有するに至り、更に昭和十五年三月二十八日右出資額を金十五万四千五百円に増加し又昭和十五年四月十日定款を変更して唯一の業務担当社員になつた。
二、ところが被告会社は原告先代渡辺久三郎が昭和十八年十月頃今次大戦に応召出征し昭和二十年四月二十二日戦死し、昭和二十三年二月十六日其の公報が来るや、右昭和十五年四月十日附の真正の定款を葬り去り、改めて昭和十五年四月十日附を以て旧商法施行法第四十条により被告会社を旧商法の適用をうける合資会社に組織変更をなし、原告先代久三郎の有限責任を無限責任とする旨の偽作の定款を作成し、右久三郎の責任は無限であるから同人は昭和二十年四月二十二日戦死により昭和十三年法律第七二号による改正後の商法第百四十七条、第八十五条第三号により当然被告会社を退社したものとなし被告慎一郎、同素矢により独占運営されるに至つた。
三、しかし右組織変更の手続は次に述べるように全然履践されていなかつたのであるから被告会社は依然として旧々商法の適用をうける合資会社であると謂わなければならない。
即ち、旧々商法の合資会社の組織変更をなすためには旧商法施行法第四十条旧々商法第百五十一条第二項に則り組織変更をなす旨の社員決議をなし、新組織に必要なる定款を作成し、かつ右決議の日より二週間以内に財産目録及び貸借対照表を作成し、更らに会社債権者には公告をなすと共に知れたる債権者には各別に催告をなすべきであるのにもかゝわらずかゝる手続は一切履践されていないのである。被告等は右組織変更に必要なる社員の決議をなし新定款を作成した旨主張し、これが証拠として書面たる定款を乙第三号証として提出しているが、右組織変更のなされたとする昭和十五年四月十日にはかゝる定款は作成されなかつたのであつて、右は全く後世の偽作であることは次に述べる事情により明らかである。
(一) 被告等が作成したとなす被告会社定款(乙第三号証)は社員総員の自署なく、原告先代渡辺久三郎の印は生前同人が使用していた印鑑と著しく相違するばかりか会社の根本法規を記載する定款としては著しく用紙粗悪であり、かつ謄写版刷様のものであり、又当時作成にかゝるものであるならば当然二銭又は三銭の収入印紙が貼用されている筈であるのにその貼用もないところを見るとかゝる印紙が既に廃止された後世の偽作であることを推測せしめる。
(二) また被告会社が右組織変更のなされたとする昭和十五年四月十日の後に作成されたる昭和二十二年十月二十三日附日本銀行名古屋支店経由大蔵大臣あて被告会社資本増加申請書添付の被告会社定款(甲第一号証)と被告等の真正なる定款と主張する乙第三号証とは数箇所に亘り相異点がある。就中最も重要と考えられる点は前者においては原告先代渡辺久三郎の責任は明らかに有限責任と記されているのであつて右久三郎の責任を有限から無限に変更することを以て本件組織変更の重大な目的となしたのにもかゝわらず、右甲第一号証の定款には明らかに久三郎の責任が有限となつている。更に、原告代理人田中一男がかつて当庁昭和二十七年(ヒ)第一五五号帳簿閲覧許可申請事件における許可決定に基き昭和二十五年十二月十九日訴外恩田格三郎(渡辺八重実弟)同佐藤信幸等と同道して被告会社に赴き各商業帳簿の閲覧をなしたときに被告会社職員たる近藤国太郎より示された被告会社定款なるものは期せずして前記日本銀行名古屋支店経由大蔵大臣あて資本増加申請書添付の定款写と其の原文に於て全く同一内容の定款なることを発見したのである。その際右佐藤が被告会社定款なるものを正写したのが現在本件訴訟において原告の提出する甲第六号証であつて、よし被告等の主張する如く甲第一号証は乙第三号証の定款を前記資本増加許可申請にあたり誤写したものであるとしてみても、右佐藤が時を異にして被告会社において乙第三号証を筆写した際に甲第一号証と寸分違わず誤写するということは凡そ不可能事に属することであり、このことは被告会社の定款としてはかつて甲第一号証又は甲第六号証の原文に相当する書面の存在していたことを推察せしめると共に乙第三号証の如き定款は全然存在していなかつたことを裏付けるものである。したがつて乙第三号証は右資本増加許可申請当時たる昭和二十二年十月二十三日頃には未だ作成されていなかつたものということができる。
(三) 更にまた、被告等はその主張にかゝる被告会社定款(乙第三号証)が、被告会社社員たる訴外亡横山正夫の筆蹟にかゝる旨主張しているが、右横山は右定款の作成されたとなす昭和十五年四月十日には既に被告会社を退社し大同製鋼株式会社に在職中であつたのみならず、右日時前後は名古屋帝国大学附属病院において肺結核療養のため入院中であつて当時の病状としては軽々しく外出して被告会社に到り該定款を筆記することは不可能であつたのである。従つてこの点よりするも、被告会社が本件定款に関し主張するところは凡そ信の措けないものであるというべきである。
(四) 以上のほかなお本件組織変更の重要なる内容である原告先代久三郎の有限責任を無限責任と変更する旨の登記申請は昭和二十二年十一月十日に至りその旨の社員全員の同意書添付のうえなされているが、右組織変更のなされた昭和十五年四月十日には社員氏名変更並びに資本増加の各変更登記申請がなされているばかりか、右日時を中心として前後接着した昭和十五年三月、同十六年五月等には夫々変更登記をなすべき事項の発生した都度遅滞なく法定期間内に登記申請がなされているのにもかゝわらず、右昭和十五年四月十日附会社の組織変更に基く渡辺久三郎の責任変更の登記申請のみが前記の如く昭和二十二年十一月十日に至り始めてなされていることは単なる法律の無知に基く登記の懈怠に止まらずしてむしろかゝる組織変更のための社員決議はもとより、新組織に必要なる定款の作成もなされなかつたことを推測せしめるに足る事実と謂わなければならない。
四、以上説明のとおり被告会社は昭和十五年四月十日組織変更のための必要な手続としての社員決議はもとより定款の作成もなされず、更に会社債権者に対する公告、催告の手続も全然履践されていなかつたものであるから、被告会社の本件組織変更は全然不成立若しくは不存在であり、従つて被告会社は未だ組織変更されないまゝ旧々商法の適用をうける合資会社として存続しているものである。またかりに本件組織変更のための決議がなされたものとするも、前述の債権者保護のための手続である公告、催告の手続は全然なされていなかつたのであつて、かゝる手続を欠缺するときは、旧商法施行法第四十一条が旧商法第七十九条第一項及び第二項を組織変更に準用し乍ら同条第三項及び第八十条を全然準用から除外していることに鑑み、右の手続欠缺は単に会社債権者に対する対抗力の問題たるに止まらずして組織変更の無効を招来するものと解すべき(同旨昭和十三年十二月二十六日大審院民事連合部判決民集十七巻二四号二七四四頁)であるから被告会社の本件組織変更も本来無効のものというべく、従つて被告会社は依然として旧々商法の適用をうける合資会社として存続しているものである。
五、而して旧々商法第百三十七条第百二十一条第二号によれば同法による合資会社の有限責任社員たる地位は相続することの出来るものであるが、原告は渡辺久三郎の家督相続人なるを以て昭和二十年四月二十二日同人の死亡により同人の有する被告会社の右有限責任社員たる地位を相続したものである。
六、然るに被告会社は前述の如く被告会社の組織変更は不存在又は無効なるに拘らず昭和二十七年十月二十三日、被告会社が昭和十五年四月十日組織を変更したる旨の登記を為し、又有限責任社員たる原告を除外して被告渡辺慎一郎及同渡辺素矢のみを以て、被告渡辺慎一郎が昭和二十七年六月十二日其の責任を無限と変更し、同人が代表社員となり、同人は出資持分を変更し、被告会社の本店並に目的を変更する旨の決議を為し昭和二十七年十月二十三日其の旨の登記を為した。然れども右登記は被告会社の組織変更なきに拘らず、之ありとし、それを前提として為したものであるから凡て無効であり、仮に組織変更前の会社について為したものとしても右決議は旧々商法第百五十一条第二項に違反し無効であるから、斯る無効の決議に基く右登記も亦無効である。
七、因つて原告は被告等に対し、被告会社の本件組織変更の不存在若しくは無効なることの確認を求めると共に原告が右家督相続により原告先代渡辺久三郎の被告会社有限責任社員たる地位を相続し現在被告会社の有限責任社員たる地位を有することの確認を求め、更に被告会社に対し請求の趣旨記載の如き各登記の抹消登記手続を求めるため本件請求に及んだ次第であると述べた。<立証省略>
被告等三名訴訟代理人は本案前の主張として先ず原告の社員権確認の訴(昭和二十七年(ワ)第六九四号事件)を却下するとの判決を求め、原告が被告等三名に対し右確認を求める請求はさきに当庁昭和二十五年(ワ)第一、四四七号商業登記抹消等請求事件(目下名古屋高等裁判所に控訴繋属中)と其の趣旨において同一事件であるから民事訴訟法第二百三十一条に違反するを以て却下さるべきであると述べ、更に合資会社の組織変更のなされていないことの確認を求める訴(当庁昭和二十七年(ワ)第一、六八六号事件)は本件社員権の確認を求める訴と其の趣旨において同一であるから前同様却下さるべきであると述べ、被告会社訴訟代理人は原告の被告会社商業登記の抹消を求める訴(当庁昭和二十七年(ワ)第一、六八六号事件)を却下するとの判決を求め、右商業登記の抹消を求める請求は其の趣旨において本件社員権の確認を求める訴と同一事件であるから民事訴訟法第二百三十一条に違反するを以て却下さるべきものであると述べ、
次に被告等訴訟代理人は本案につき原告の各請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、その請求原因に対する答弁として被告会社が原告主張の如く旧々商法施行中に設立せられ有限責任社員のみを以て組織せられた合資会社であつたことは認めるが、被告会社は昭和十五年四月十日、旧商法施行法第四十条に則り、当時の総社員たりし原告先代渡辺久三郎、被告渡辺慎一郎、同渡辺素矢三名の決議に因り乙第三号証の定款を作成し昭和十三年法律第七十二号による改正後の旧商法の適用をうくべき合資会社に組織変更をなしたものである。即ち当時の取引においては旧商法施行法第三十九条により一々旧々商法に基き設立せられた合資会社であることを表示することの不便を避け敏活を要する近代取引に適応するため先ず被告会社を右昭和十三年法律第七十二号による改正後の旧商法による合資会社に組織を変更し、被告会社の目的を倉庫業及びこれに附帯する一切の事業とし、渡辺久三郎(原告先代)を無限責任社員並に業務執行社員と為し、更に定款に定のない事項は凡て商法及び其の他の法令によることを定めて昭和十五年四月十日総社員の決議により定款を作成し前記の如く組織変更を遂げたものである。原告は乙第三号証の定款は架空のものであり後世の偽作である旨主張しているが、被告会社は右決議に基き、かつて被告会社の職員にして、本件組織変更のなされた当時は被告会社を退社し名古屋大学附属病院に於て肺結核療養中であり、近く全快の上再び被告会社に復職する予定であつた訴外横山正夫をして昭和十五年四月十日乙第三号証の定款を起案筆記せしめ各社員が記名捺印の上該定款を作成したものであり、被告会社にとり唯一無二の定款であつてこれが偽作であると云う原告の主張は何等根拠のない謬論である。尤も原告主張の通り乙第三号証の用紙が多少粗悪であることは認めるも、それは右乙第三号証作成当時は今次大東亜戦争の開戦前年であつて漸く物資方面にも不足を来すようになつた時代であつたので良質の用紙を得ることが困難であつた為である。又右定款に押捺した原告先代渡辺久三郎の印鑑は常時同人が使用していたものであり、其の押捺は同人の真意に基くものである。次に原告提出にかゝる甲第一号証及同第六号証についていえば、終戦後の混乱期を脱した被告会社が漸く復興の気運を示し増資をなすべき機会が熟したので昭和二十二年十月二十三日附を以て当時施行中の資金調整法に基き日本銀行名古屋支店を経由して大蔵大臣にあて増資の許可申請をなした際乙第三号証の定款の写を添付したが、其の写(甲第一号証)と右原本との間には原告主張の如き数箇所の相違点があることは認めるが、それは右写の作成にあたり被告会社職員であつた訴外猪飼正一がこれを誤写したためである。就中、右写には第六条に有限責任社員渡辺久三郎とあるが之は無限責任社員の誤写である。原告代理人田中一男が被告会社において帳簿の閲覧をなした際之に同行した訴外佐藤信幸が写し取つたと称する甲第六号証は前記被告会社の資本増加許可申請書に添付した定款の写二通のうち一通(乙第二十号証)が当該許可書と共に被告会社に還付せられ被告会社に保管されていたので之を更に写しとつたものである。従つて甲第六号証の原文の記載と甲第一号証の記載とが一致し、乙第三号証の記載と相違するのは当然のことであるし、其の後、原告は右甲第六号証の原文に有限責任社員渡辺久三郎とあるのを奇貨としこれに乙第三号証を参酌して訂正加除を施し、以て甲第六号証の如き書面を創作したものである。また原告主張の如く本件組織変更の登記申請が懈怠されていたことはこれを認めるも、本件組織変更のなされた昭和十五年四月十日前後は日華事変激化し、翌年には大東亜戦争勃発し被告会社が登記其の他諸般の手続を履践するについても種々支障を来した頃であり、加うるに被告会社の社員が登記その他の法的知識に欠くところがあつたのでつい右登記手続を懈怠しているうち被告会社は政府の企業統制をうけ、昭和十六年十月被告会社運送部門を日本通運株式会社に統合せられ大部分の従業員も同社に引きつがれるに至つたのみならず、原告先代久三郎は昭和十七年十一月二十八日応召出征し、更に昭和十九年三月には被告会社の倉庫部門もまた日本倉庫統制株式会社に営業譲渡するの已むなきに至り被告会社は単に建物の賃料を右会社より受取るのみの存在となり、被告渡辺慎一郎及被告会社の全従業員も右会社に入社するに至つたので、斯る諸事情のため本件組織変更登記申請も為されないまゝ終戦を迎えるに至つたが、終戦後被告慎一郎が被告会社を再び復興し今日の隆盛を見るに至つたので嚢の組織変更の決議に基き昭和二十二年十一月十一日渡辺久三郎の責任を無限とする旨の登記を為したものである。尚組織変更に関する登記の不存在は会社債権者に対し組織変更のあつたことを主張しえないという単なる対抗力の問題に過ぎないのであつて、これが懈怠の事実を以て直ちに組織変更の効力の有無が問題になることのないのは勿論である。またさらに、本件組織変更にあたり会社債権者保護の手続として財産目録貸借対照表の作成、組織変更決議のあつた旨の公告、催告等の手続がなされていないことも原告主張とおりであるが、元来旧々商法による合資会社として設立せられた被告会社は有限責任社員のみにより組織せられていたものであるから有限責任社員を無限責任社員に変更して旧商法の合資会社とすることは会社の担保力を増大し会社債権者の利益にこそなれ決して会社債権者に不利益を齎らさないものであるから、かゝる手続を欠缺したからとて本件組織変更の無効を来すものではない。従つて被告会社の本件組織変更は有効に成立したものであるから被告会社は昭和十五年四月十日以来右組織変更により旧商法の適用をうける合資会社として存続し、原告先代渡辺久三郎はその責任を有限から無限に変更したものである。そして旧商法によれば合資会社の無限責任社員は死亡により当然退社し、その地位は相続を許さないこと同法第百四十七条、第八十五条により明らかであるところ、原告先代渡辺久三郎は昭和二十年四月二十二日戦死し、当然被告会社を退社したものであるから、これが家督相続人たる原告は右久三郎死亡当時の被告会社出資持分金十五万四千五百円の払戻請求権を有することは格別、右出資持分を有する社員権たることはありえないものである。以上述べるとおりであるから原告の本件組織変更なきことの確認及原告の社員権の確認並に被告会社の組織変更等の登記の抹消登記手続を求める本訴請求は孰れも失当であると述べた。<立証省略>
三、理 由
先ず被告等三名の本案前の抗弁について考えてみる。原告は昭和二十七年(ワ)第一、六八六号事件においては、旧々商法(明治二十三年法律第三十二号商法)施行中設立せられた被告合資会社の旧商法施行法(明治三十二年法律第四十九号)第四十条に基く旧商法(明治三十二年法律第四十八号)上の合資会社への組織変更が存在しないことまたは組織変更手続に瑕疵あることを主張して右組織変更の不成立又は無効の確認を求め、かつ被告会社の利害関係人として右事実とそごする組織変更のための設立登記及びその後になされた各商業登記の抹消登記手続を求めるものであることが明かであるが、右事件における訴訟物は組織変更の不成立又は無効を前提とする法律関係の確認と商業登記抹消請求権であり、同年(ワ)第六九四号事件においては、原告が被告会社の有限責任社員たりし原告先代渡辺久三郎の死亡によりこれが家督相続を為し、その承継社員権を有することの確認を求めるものであつて、その訴訟物は社員権に他ならない。従つて右両事件における訴訟物は全く別異のものであるから民事訴訟法第二百三十一条に所謂同一事件として牴触するものではない。また乙第十八号証(原告被告会社間当庁昭和二十五年(ワ)第一、四四七号商業登記抹消等請求事件判決)によれば当庁昭和二十五年(ワ)第一、四四七号事件においては、原告は被告会社に対し全然別異の商業登記の無効確認並びにこれが抹消登記手続を求めるものであるから、右事件が目下名古屋高等裁判所に控訴繋属中(この事実は当裁判所に顕著な事実である)であつてもこの事件と前記本件両事件はその訴訟物を異にすること明らかであつて相互に牴触するものでもない。因つて被告等の前記法条に違反するとの主張は理由のないものであるから右抗弁は採用し難い。
原告の、被告会社が組織変更されていないことの確認並に原告が被告会社の有限責任社員であることの確認を求める本訴請求について案ずるに、被告会社が明治二十三年法律第三十二号(旧々商法)により明治二十七年一月八日設立せられた合資会社にして、有限責任社員のみを以て組織せられていたこと、原告先代渡辺久三郎が右会社の有限責任社員であつたこと、同人は昭和二十年四月二十二日戦死し、原告が其の家督相続を為したことは、孰れも本件当事者間に争がない。
被告等は被告会社が昭和十五年四月十日組織を変更して、昭和十三年法律第七十二号により改正後の商法による合資会社に改め、原告先代渡辺久三郎が無限責任となつた旨主張するが、斯る事実を認めることは出来ない。其の理由は次の通りである。
一、被告等が被告会社の組織変更の際作成した定款と称する乙第三号証の書面は昭和十五年四月十日当時横山正夫により作成されたものでないことが認められること。
即ち被告等が本件組織変更のため横山正夫によつて乙第三号証が作成されたと主張する昭和十五年四月十日当時は横山正夫は被告会社を退職し大同製鋼株式会社に在職のまゝ肺結核のため名古屋帝国大学附属病院に入院療養中であつたことは当事者間に争がなく、成立に争なき甲第七号証及び証人杉浦謙三の証言を綜合すれば、右横山正夫の昭和十五年四月十日当時の病状は肺結核症のほか腹膜炎も併発し時々腹痛をも訴える程であつて、当時の看護方法としては毎日午前八時、同十時、午後二時、同五時の四回に亘り看護婦による定期の検温、脈搏、呼吸のための検診をうける外毎日一回担当係医師の廻診が行われる状態であり、昭和十五年四月十日当日には横山正夫は右定期の検診を受け担当係医師たる杉浦謙三の廻診をもうけ食事も午前八時頃、正午頃、午後五時頃三回普通食を食し散歩程度の数分間位の外出は必ずしも不可能ではなかつたが、長時間の外出には堪え得ない病状であつたことが認められ、この事実と証人竹本すが及び同横山しづ江、同久野静男の各証言及鑑定人遠藤恒義の鑑定の結果により乙第三号証の記載が右横山正夫の筆蹟でないと認められる点とを綜合すれば、乙第三号証は昭和十五年四月十日右横山正夫によつて作成されたものでないと認めるを相当とする。右認定に反する証人土田秀次郎、同中野富次、同近藤国太郎、同猪飼正一、被告会社代表者兼被告本人渡辺慎一郎の各供述及乙第十号証の記載は措信し難く、鑑定人兵藤栄蔵の鑑定の結果乙第十二号証の一乃至六(石田俊雄の鑑定)同第二十二号証の一乃至六(萩野勇の鑑定)の各記載及証人福沢忠生の証言によるも右認定を覆すに足らない。尚乙第三号証の原文には被告会社の本店を名古屋市中区下広井町一丁目百三十三番地と書いてあるが、成立に争なき乙第八号証の一によれば昭和十三年九月一日より昭和十六年五月十七日迄の間は被告会社の本店は名古屋市中区広小路西通三丁目七番地にあつたことが明かであるから、昭和十五年四月十日作成した定款に右下広井町一丁目百三十三番地を本店の所在地として記載する筈がない。斯様な点から見ても乙第三号証が昭和十五年四月十日頃作成されたものでないことを推測し得る。
二、乙第三号証は昭和二十二年十月二十三日頃までには未だ作成されていなかつたと推測されること。
即ち成立に争なき甲第二十二号証の二によれば昭和二十五年十二月十九日原告代理人田中一男が訴外恩田格三郎、同佐藤信幸等と同道し被告会社において帳簿の閲覧をなした際被告会社の職員たる近藤国太郎より被告会社定款と称して示された書面を右佐藤信幸が正写したものが甲第六号証であることが認められ、更に成立に争なき甲第一号証は被告会社が昭和二十二年十月二十三日その資本増加許可申請をなすにあたり日本銀行名古屋支店経由大蔵大臣あて提出した定款の写であることは当事者間に争なき事実であるが、右甲第一号証と甲第六号証の訂正削除前の各記載とは完全に一致することが認められるから乙第三号証の書面とは別箇に右甲第一号証甲第六号証と合致するの書面が被告会社に存在したものと考えられる。なお詳細に甲第一号証及び甲第六号証と乙第三号証とを対比するときは乙第三号証には甲第一号証及甲第六号証の原文と其の記載文言に於て左記の如き相違があることが認められる。(イ)第五条渡辺久三郎の住所の番戸が番地とあり、(ロ)第六条有限責任社員が無限責任社員とあり、(ハ)第七条代表スルが代表シとあり、(ニ)第十五条金員を控除シタが控除シタルとあり、(ホ)同条応ジが応シとあり、(ヘ)末項の定款ヲ作成シ之レガが之レカとあり、(ト)記名の順序の素矢、慎一郎が慎一郎、素矢とある等七ケ所において各相異点がある。そして被告等はかゝる相異が生じたのは甲第一号証作成の際被告会社職員猪飼正一が乙第三号証を写す際に誤写したものであり、又佐藤信幸が写した甲第六号証の原文に相応する書面は前記大蔵大臣に対し増資の許可申請を為した際その申請書に添付した定款写二通(甲第一号証と同じもの)のうち一通が還付されたのでそれであると主張するが、証人猪飼正一の証言によれば右還付された定款の写なる書面は乙第二十号証なることが認められるところ、成立に争なき甲第二十二号証の二によれば佐藤信幸は既に訂正加除の為された書面を写したことが認められるから同人が右還付後の定款の謄本を写したものでないことは明かであり、而して、猪飼正一と佐藤信幸とが乙第三号証を写すに当り同一個所を七ケ所も同様の誤写をするとは到底認め難いところであるから、猪飼正一も佐藤信幸も乙第三号以外の同一文書(甲第二十二号の二によれば該文書は鉛筆書の草稿様のものであつたことが認められる)を共に正写したものと認めるのが相当であり、従つて猪飼正一が甲第一号証を作成した昭和二十二年十月二十三日頃には未だ乙第三号証の書面は被告会社には存在しなかつたものと認めるのが相当である。蓋し若し其の当時乙第三号証が存在すれば猪飼正一は当然乙第三号証を写している筈であるからである。
三、更に乙第三号証の用紙は罫紙の品質上等ならざるものであり、尚印紙も貼用されていないのみならず社員渡辺久三郎の印影はその文字を読むことすら不可能である程不鮮明であること等に徴すれば凡そ定款として巷間に存在する書面と比較しその形式において著しく不完全なものであることが認められ、更に乙第三号証の渡辺久三郎名下の印影は、成立に争なき甲第三、四号証及同第五号証中昭和十六年五月十七日附委任状に押捺された渡辺久三郎の印鑑とも甚しく相違することが認められるが、渡辺久三郎が右甲第三乃至五号証と同じ頃に作成する重要文書たる定款に特に斯る認印類似の異る印鑑を使用するとは常識上たやすく認め難いこと。
四、而して更に、被告会社が昭和二十二年十一月十一日に至る迄渡辺久三郎の責任の変更について登記を為さなかつたことは当事者間に争のない事実であるが、成立に争なき甲第三乃至五各号証によれば被告会社においては昭和十五年四月十日の前後に於て変更登記の申請をなすべき事項の生じた都度、即ち昭和十五年三月十二日には社員氏名変更登記を、同年四月十日には出資履行並に資本増加による変更登記を、昭和十六年五月二十日には本店移転、支店廃止及目的変更による変更登記を夫々なしていることが認められるから、被告等主張の如く真に昭和十五年四月十日被告会社の組織変更が為されたものであるならば当然無限責任社員となるべき原告先代渡辺久三郎に於て其の登記を為すべき筈であり、同人が故なく之を等閑に附するとは到底考えられない。然るに昭和十五年四月十日当時被告会社の組織変更の登記が為されなかつたことに鑑みれば被告等主張の如き組織変更は為されなかつたものと解するのが相当であること。
五、更に本件組織変更のためには債権者保護の手続として各帳簿の作成及び会社債権者に対する公告、催告等の手続を要するに拘らず斯る手続が全然履践されていないことは当事者間に争のない事実であるから此の点から云つても被告会社の組織変更はなかつたものと解するのが相当であり、仮に被告等主張の如く組織変更の決議があつたとしても、右手続を履践しない限り該組織変更は無効であると謂わなければならないこと。
以上認定に反する証人近藤国太郎、同猪飼正一、同土田秀次郎、同中野富次の各証言及被告渡辺慎一郎、同渡辺素矢各本人訊問の結果は措信し難く、他に右組織変更の事実を認定するに足る措信すべき証拠はない。
尚証人中野富次(第二回)の供述により成立の真正を認めうる乙第二十六号証の一、二、同第二十七、第二十八号証の各一、同第二十九号証、同第三十一号証の一に成立に争なき乙第二十七第二十八号証の各二を比較対照すれば昭和十三年同十四年当時の被告会社の表示には商法施行前設立と記載し、昭和十六年及昭和十七年当時の被告会社の表示には右記載を欠いていることが認められるが、右甲第三乃至五号証及成立に争なき甲第三十五号証の一、二、同第三十六号証によれば被告会社に於ては昭和十五年四月十日前後を通じ、何等右表示を記載していない場合もあることが認められるから、右の乙各号証のみを以ては直ちに右組織変更のあつたことを認定するに足らない。
以上認定の如く被告会社に於て昭和十五年四月十日に組織変更をなした事実を認めることが出来ない以上、被告会社は依然として旧々商法上の合資会社として存続しているものと謂うべく従つて被告会社に対しこれが確認を求める原告の本訴請求は正当なるにより之を認容すべきものとする。
然れども、会社設立無効の訴或は合併無効の訴に於ては会社を以て被告とすべきであり、而して其の判決は商法第百九条により第三者に対しても其の効力を有するものであるから、本件の組織変更なきことの確認を求める訴も右設立無効の訴或は合併無効の訴に準じて被告会社のみを被告とすべきであるに拘らず、原告が右訴に於て被告渡辺慎一郎及同渡辺素矢をも被告としたことは正当な当事者たる適格なきものを被告とした点に於て不適法であるのみならず、本件判決は右商法第百九条を類推適用して第三者たる被告渡辺慎一郎、同渡辺素矢にも其の効力を及ぼすものと解すべきであるから、原告が右被告両名を相手方とする実益もない訳である。仍て原告が被告渡辺慎一郎、同渡辺素矢を相手方として右組織変更なきことの確認を求める本訴請求は失当として之を棄却すべきものとする。
次に、原告の社員権確認の請求について案ずるに、以上認定の如く被告会社は組織変更なきまゝなお旧々商法上の合資会社として存続しているものであるから、原告先代渡辺久三郎の地位も有限責任社員として存続していたことが明らかであるところ旧々商法第百三十七条第百二十一条第二号によれば右有限責任社員たる地位は相続により承継せられるものなることが明かである。而して右渡辺久三郎が昭和二十年四月二十二日戦死したこと及原告が渡辺久三郎の家督相続人であることは当事者間に争のない事実であるから、原告は渡辺久三郎の死亡により同人の有限責任社員たる地位を承継取得したものと謂うべきである。従つて原告が被告等三名に対し右有限責任社員たる地位を有することの確認を求める本訴請求は正当なるにより之を認容すべきものとする。
次に原告の被告会社に対する商業登記抹消手続を求める本訴請求について考えるに、成立に争なき乙第八号証の一、二によれば被告会社につき原告主張の如き組織変更による設立の登記及被告渡辺慎一郎の責任、出資額、代表社員就任並に被告会社の本店、目的の変更につき登記が為されていることを認めることが出来る。然し、被告会社の組織変更がなかつたことは前記認定の通りであるから、昭和二十七年十月二十三日被告会社の組織変更を前提として為された登記は全部抹消すべきであるが、其の登記は会社合併無効の場合に於て其の合併無効の判決確定後受訴裁判所が職権を以て合併により設立された会社については解散の登記を合併により消滅した会社については回復の登記をなすべき旨を定める商法第百八条非訟事件手続法第百三十五条の六、及同条の七の規定を類推適用し本判決の確定を俟つて受訴裁判所が職権で右登記の抹消登記及組織変更による被告会社の解散の登記(乙第八号証の一)の回復登記を夫々法務局に嘱託すべきものであるから、原告において被告会社に対し右登記の抹消登記手続を求める請求権はないものと謂わなければならない。
仍て原告が被告会社に対し前記各商業登記事項の抹消を求める本訴請求は失当として之を棄却すべきものとする。
仍て原告の本訴請求中被告会社に対し組織変更のないことの確認を求める部分並に被告等三名に対し原告が被告会社の有限責任社員たる地位を有することの確認を求める部分は孰れも正当なるにより之を認容すべきも其の余の部分は失当として之を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十二条但書第九十三条第一項本文を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 山口正夫 松本重美 山田義光)